新しいアイディアで、新たな診断装置の開発を
——まずは、現在取り組んでいる研究について、教えてください。
物理の原理を利用して、ヒトの体の中の分子をみる方法を研究しています。今年の2月に、PET(註釈)というイメージング装置を改良して、新たな診断装置が開発できることを発表しました。本来PETは、一度に一種類の分子しかみる(イメージングする)ことができないのですが、この装置は複数種類の分子を同時にイメージングできます。
——複数の分子を同時にイメージングすると、どんなことがわかるのでしょう。
例えば、すでに臨床で使われているがんのPET診断では、がん細胞に集まる性質を持つ分子をイメージングすることで、どこにがんがあるのかを診断しています。しかし、病気によっては複数の分子をみないと診断できないものもあります。この新しい診断装置によって、ひとつでも多くの病気を、早期に診断できるようになればと思っています。
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「いろんな種類のガンマ線をとらえる機械を作る」
——PETはすでに検査機器として完成されたものだと思っていましたが、新たな装置として発展する可能性がまだまだあるのですね。
PETの性能を上げるための研究に取り組む人はたくさんいるのですが、新しいアイディアを取り込んで新たな機能を持たせようとしている人は、あまり多くありません。実現可能性や採算を重視する企業などでは、リスクが大きくて難しいのでしょう。だからこそ、こうした研究所にいる私たちが取り組まなければならない研究だと思っています。
大人数・24時間シフトで実験をした大学院時代
——出身は理学部物理学科とのことですが、学生時代はどんな研究をしていたのですか。
学部4年生から大学院、それから卒業後しばらくは、原子核の構造を調べる研究をしていました。巨大な加速器(注釈)で原子核同士をぶつけ、その際に放出されるガンマ線を検出し、解析するのです。知りたい情報をより適切に引き出すために、どのように検出器を並べるか、信号を処理すればよいかを考える研究にも取り組んでいました。
——では、実験がメインの研究生活だったのですね。
ええ。しかし、通常のラボでおこなう実験とは、少しイメージが違うかもしれません。原子核の構造を調べるための大型加速器を備えた施設は日本に数か所しかなく、残念ながら私のいた福岡の大学にはありませんでした。そのため、実験をおこなうには、和光市の理化学研究所や西東京市の東京大学原子核研究所に行かなければならず、研究室のメンバー10人ぐらいで大遠征をしていました。
——一つの実験に10人もの人が関わるのですね!
現地の人たちも合わせると、20人ぐらいで実験していました。加速器実験は、実験装置が大きな上に、24時間体制で1週間ぐらい連続しておこなうため、多人数で準備をして、実験中は24時間シフトを組む必要があったのです。
——研究室での旅行みたいですね。
移動自体は楽しいのですが、加速器って結構トラブルが多くて、予定していた日に使えないことがあるんですね。せっかく長距離を移動しても福岡から送ってきた荷物を送り返す作業だけで帰る、みたいなこともありました。
しかも、1度の実験で得られるのは基本的には誰か1人の研究に関するデータだけ。つまり単純に計算して、20回に1回ぐらいしか自分の実験はまわってきません。修士の2年間で、自分の実験は1-2回しかできないのです。
——とても大変そうな実験ですね。
そうですね。でも、生物系の実験も見ていると別の意味でハードですよね。毎日生きものの世話や実験をしなければなりませんから。私たちは、遠方には行かなければなりませんが、それは年に何回かで、毎日徹夜続きの加速器実験をやるわけではなく、それほど大変とは感じていませんでした。
基本原理を最初に発見し、地球で一番になる
——学生時代、物理の世界に進もうと決めたのには、なにかきっかけがあったのでしょうか?
高校生の頃は工学部に進むつもりでした。それが、浪人時代に理学部の物理学科に行こうと思うようになって。ありがちな話で恥ずかしいんですけど、きっかけはファインマンという物理学者の自伝(註釈)を読んだことでした。
——それを読んで、物理の研究をしてみたいと?
ええ。小学生ぐらいのときって、授業で先生が出した問題を一番に解けるとすごく嬉しいじゃないですか。ファインマンさんの自伝を読んで、彼はそういう嬉しさの延長で仕事をしていることをうらやましく思いました。
子供の頃は教室で一番になって喜んでいましたが、大人になると先生は問題を出してくれません。しかし、自然は物理学という問題をつくってくれています。物理学では、少ない表現で多くの物事をあらわせる、適用範囲の広い基本原理が重要とされるので、この分野で今まで誰も知らない基本原理を最初に発見できれば地球全体で一番になれるなと考えました。
——世界で一番になりたいという夢をもって、研究者の道に進まれたのですね。
とはいえ、一直線にやりたい研究だけをしてきたわけではありません。希望の研究室に入れなかったこともありました。でも、研究を進めていくと、どんな研究からでも物理の基本原理の探求はできることに気づいて。ライフサイエンスの分野にうつってからは、その世界で探究を続けるようになりました。
物理学の考え方を、生物学で活かす
——学生時代の話を伺うと、今とはまったく違う研究をされていたように思うのですが。
目的は異なるのですが、使っている道具はあまり変わっていません。原子核実験でガンマ線の検出に必要な装置や技術というのは、PETなど核医学のイメージングで用いられている技術と同じです。原子核の構造を調べるために検出器の改良に取り組んでいたことと、PETで複数の分子を同時に検出するために装置の改良に取り組むこと、目的は違いますが求められる専門性は非常に近いのです。
ただ、自分が将来ライフサイエンスの領域で研究するようになるとは、学生時代には思ってもいませんでした。いざ来てみたら周りが生物系や化学系など他分野の人ばかりで、文化の違いに驚くこともありました。
——どんなところが違いましたか?
例えば「階層」の捉え方です。物理の世界では「上の階層」はより細かい基礎となるものを指します。分子があって、その上に原子、その上に原子核、そしてその構成要素である陽子・中性子……という具合に。でも生物の世界では逆で、階層が上がるにつれて大きくなっていきます。細胞があって、その上は組織、臓器、個体と続くのです。
——「上の階層」と言っても、まったく逆の意味になってしまうんですね。
もともとの考え方、対象の捉え方に違いがあるのでしょう。物理学は、より基礎となる基本原理を探求することで発展してきた、木で例えると幹のほうに向かうイメージです。一方、生物学は多様性を探求することで発展してきた。木だと枝葉のほうに向かうイメージ。それぞれの歴史が違うので、「上」に見るものも異なるのでしょう。
——福地さんがめざしている「上」はどちらでしょう。
基本原理を探求するという意味では物理系でいう「上」をめざしています。将来的には、自分が作った装置を使って、生物の新たな基本原理を見つけたいと思っています。
——特定の病気に効く薬や診断装置が開発されるのも素晴らしいことですが、幅広く応用可能な原理は、学問を大きく発展させるブレイクスルーをもたらしそうですね。
それがどれだけ難しいことかというのも、この分野にきてわかるようになってきました。天才といわれたファインマンさんですら、物理の本当の基本原理は一つしか見つけられていませんし、生物の基本原理についてはあるのかないのかもわかりません。それぐらい難しいことだと思いますが、常に新しいアイディアを出し続けて、これからも基本原理を探求していきたいですね。
——最後に、これから研究者を志す学生の方に向けて、ひとことお願いします。
ひとくちに研究と言っても、とてつもなく広い世界です。あなたの探しているものが、きっと見つかると思います。